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このブログは福田文庫の読書と創作と喫茶と煙草……その他諸々に満ちた仮初の輝かしい毎日を書きなぐったブログであります。一つ、お手柔らかにお願い致します……
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ac2e8882.JPG いつも人様の小説やら何やらにケチをつけてばかりなので、たまには攻めて行こうじゃないかということで、ブログを作って初めて拙作、晒させて頂きます。

 そんな訳で左のイラスト。
 素晴らしいですね。ちなみにこの絵は自作ではありません。自分はニャロメとホシノルリしか描けませんので。
 こちらのイラストは私が以前にやっていたブログで、少しでもカウンタを更新ボタン連打以外の方法で回そうと考え抜いた際にたどり着いた結論として、二次創作(それも何か流行ってそうなの)をやろうと決め、結果として『らき☆すた』と『東方』のミステリ書いたんですけど、やっぱミステリに無理やり改変するのが悪いんでしょうか。第一弾の『らき☆すた』でコケたもんですから、放ったらかしにしていたんですよ、第二弾。
 それで、その話をF田というのにしたところ、イラストを描いてくれたという非常に長ったらしい割に分かりにくい説明でした。F田はニコニコ動画で「幻想入り」とかやってるんで、きっと宣伝効果あるんじゃないのかしらんという下心ありきの自分に快くイラストくれたF田に感謝感謝。
 そんな訳で、今回は「東方」で無理やりミステリと、慣れない戦闘描写を入れた「東方密室」を載せさせて頂きました。タイトルは言わずもがな鯨さんの作品より引用で…… 


『東方密室(とうほうひそかむろ)』
 
プロローグ
 
「ひいふうみい……」
 手にした大鎌で頬杖をついたまま、小野塚小町は眉間に皺寄せながら指を折り続けた。嫌な予感は指一つ折るごと、確信へと変わっていく。そして、気の遠くなるほど指を結び開いた末に、小町はゆるゆると顔を上げ呟いた。
「やっぱり一人足りないねぇ……」
 彼岸に群がる霊魂を眺めている内に小町は、ふと気付いたのだ。どうも一人足りないと。とは言え、彼女の仕事は行き場を失った霊魂をただ眺めていれば良いというものではない。三途の川の水先案内人の二つ名からも分かるように、霊魂を四季映姫の元に運ぶことこそ小町の職務である。あまりにもサボり過ぎて、どちらが仕事かたまに彼女自身分からなくなることもままあるが、そんな時には映姫に勺で殴られることで辛うじて本職を思い出すのだ。
 そんな小町だから、無数に飛び交う霊魂の数の変化に気付いただけでも大したものだ……などというのは、本人の逃げ口上に過ぎない。そもそも彼女が勺で小突かれる前にせっせと仕事に励んでいればこんなにも霊魂が停滞することもないのだが、それはそれ。自分に都合の悪いことは右から左、カラッと忘れてしまう彼女は良くも悪くも江戸っ子気質であった。
「こりゃあ参ったね。もし映姫様に知れたりすれば……」
 考えただけでもゾッとしない。勺で殴られながら説教される自分の姿が小町には容易に想像出来た。容易も容易、いつもの光景である。しかし日常茶飯事だからと言って、平気という訳でもない。そう毎日と折檻と説教を食らえばコブも出来るし耳にはタコだ。
 よし……小町はひとしきり頷くと決心したように立上がり、そして、
「映姫様にはナイショにしとこう」
 例え地獄の閻魔様と言えど、彼岸に止どまる霊魂の一人ひとりまで把握している訳ではない。なに、黙っていればお釈迦様も気付くまいて……やや、お釈迦じゃなくて閻魔様であったか……などとほくそ笑む小町もまた気付くまい。その背後から一部始終に耳を澄ましていた四季映姫が結構マジな顔をして勺を握り直したことを……
 
「……そう、貴女は大体にして日頃から職務に対する勤勉さというものが欠如しているから……」
 白黒はっきりさせる程度の能力は伊達ではない。自らの不祥事を見過ごそうと企てた小町は誰の目から見ても黒であり、それがヤマ・ザナドゥであれば尚のことである。勺の雨あられは止んだものの、収まりつかぬ映姫の怒りは言葉となって小町に降り注ぐ。もうかれこれ一時間は経つのではないか? 聞くふりもここまでになると疲れて来るものだと、小町が映姫の目を盗んで欠伸を一つした時、
「……ところで、小町」
「え! あ、はい、なんでしょ映姫様」
「……貴女、今あくびしようとしたでしょ?」
「い、いえ!滅相もありゃしませんよ、映姫様」
「嘘を言いなさい。私は見ましたよ……」
「そ、それより映姫様! さっき何かあたいに聞こうとしてなかったですかね?」
「む……」
 新たな説教の火種をもみ消された映姫は一瞬ムッとしたものの、すぐに気を取り直すと咳払いを一つ、
「小町。貴女、いなくなった霊魂の素姓は分かっているんですか?」
「そりゃ、もちろんですよ!」
 ここぞとばかりに挙手をした小町は名誉挽回とばかりに捲し立てる。
「映姫様、いなくなった霊魂はカンダタってやつですよ。確か、火事場泥棒を生業にしてたっていう救いようのないロクデナシですよ」
「カンダタね……」
 不意に説教も止み、小町はコソ泥一人くらいいなくなったところで何も困りゃしませんと一気に畳み掛けようとするが、そんな小賢しいやり口が地獄の閻魔に通じる訳もなく、一発余分に勺が小町にふり下ろされた。だが、「きゃん!」と可愛らしく悲鳴を上げる小町など上の空で、映姫はうむむと腕を組んだ。
「何か……良くないことが起こらなければいいんですけどね」
「大丈夫ですって、映姫様。死んだコソ泥に何が出来ますか?」
「……貴女は反省が足りませんね」
 小町に更なる猛省を促すべく勺を握り直した映姫はあるものに気付いた――
「……蜘蛛」
「へ?」
 頭を抱えて目を閉じていた小町も恐る恐る目を開くと、確かにそこには一匹の蜘蛛が見て取れた。ちょこまかと動き回る蜘蛛が……
「どうして、こんなところに蜘蛛が……」
 だがこの時、いぶかしむことこそすれ、それ以上考えもしなかった映姫にも、「きっと迷子かなんかですよ」などと脳天気な感想を漏らす小町にも、蜘蛛がスラリと伸ばした糸の先に事件の影が蠢いていることなど見当も及ばなかったのである……
 
一章
 
「……高い」
「嫌ならお引き取り頂いて結構さ」
「それが客に対する態度かね? 香霖堂」
「客を選んでいるだけさ」
 人里を離れた小さな雑貨店、香霖堂。そこで押問答を繰り返す人影が二つ……一人は言うまでもなく、店の主人である森近霖之助。そしてもう一人、先ほどから苛立たしげに顎を撫でている少女は……
「大体にして、君はまだ未成年じゃないか、火星運河。それに、女性の喫煙てのも感心しないね」
 諭すように言う霖之助。だが、火星運河と呼ばれた少女はまるで悪びれた様子もない。全身をチェック柄の服でまとめている。そこまでなら、まだ趣味が悪いの一言で済まされそうだが、スカートは愚か耳の長い真っ赤な帽子まで隈なくチェックとくれば、もはや感心する他ないだろう。そんな彼女がニヤリとほくそ笑み、
「かのシャーロックホームズはその明晰たる頭脳を刺激する謎に窮してはクスリをやっていたものさ。それをニコチンで我慢しようっていう僕の慎ましさが分からんかなぁ? 香霖堂」
「分からんね」
「む」
「それにカートン買いするからまけろ……なんてけち臭い客の気持ちなんて推し量るもんじゃないね」
 嘆息して霖之助はカウンターに乗せた煙草のカートンを眺めた。チェリーという銘柄で、外の世界でさえ人気がないらしく、仕入れるのには骨が折れた品物であることに間違いはない。ただでさえ幻想郷において煙草などは捌きにくい品物であるのだから、チェリーなんて銘柄は殊更である。あるのだが……
「香霖堂よ、知っているかな?」
「何を?」
「煙草というものにも賞味期限があるのだよ」
 ほら、と言って運河はポケットからクシャクシャになったチェリーのソフトパックを霖之助に突き付ける。泣けなしの一箱である。この一箱が尽きれば、運河は禁断症状で暴れ出すやも知れないな、と霖之助は思った。
そう、運河はチェーンスモーカーなのだ。以前、チェリーの仕入れが滞った際に軒先で運河が愛用のデリンジャー片手に暴れ回ったことを霖之助は忘れてはいなかった。だからこそ彼は他に買い手もいないチェリーを仕入れている訳だが……
「このチェリーの賞味期限は間もなく切れそうだ。そして、同じ時に仕入れたそのカートンも賞味期限は同じ……この意味が分かるかね?」
 分からなくはない……が、霖之助は頷く代わりに溜め息をついた。やれやれと被り振り額を押さえると、
「何とまぁ、こすいやり口だろうね……運河」
「何が?」
「君は仕入れた煙草の数量を逆算して、賞味期限が切れる頃合を見計らって買い占めに来たんだろう?」
「ふぅん。なかなか鋭いね、香霖堂。ま、僕の鞄持ちくらいにはしてやるかね」
「結構だよ……全く、そんな下らないことに頭を捻ってるようじゃ幻想郷一の名探偵なんて看板は下ろした方が良いんじゃないか?」
「何をぅ! このボンクラ商人め! お前こそ、さっさと仕事しろ! チェリーを捨て値で僕に売らないか!」
「や、やめろ! 痛いだろ?」
 運河が日頃より両袖に隠し持つデリンジャーが活躍する数少ない場面である。とは言え、霖之助のこめかみに銃口をしたたか押しつける彼女の姿からは、とてもではないが名探偵の三文字は思い浮かばない。
しかし霖之助もそれを口に出して言うほど命知らずではなく、よもや火を吹くことはないと頭では分かっていてもこめかみから伝わるヒンヤリとした銃口の感覚に気圧され、捨て値での売買を承諾しようとしたその時である……
「あやややや! 不良探偵の暴行現場を押さえましたよ!」
 刹那、目も眩まんばかりにフラッシュが立て続けに光を放つ。咄嗟のことで、その首謀者が誰なのかをとうに承知している運河でさえも俄かに怯み、その隙を逃すものかと、霖之助は這うように店の奥へと逃げおおせた。懸命にして賢明な行動である。
世に犬猿の仲と称されるものは無数にあるが、今ここに対峙した二人もまたその例に漏れないだろう。フラッシュを撥ね除けるように運河は叫ぶ。
「ブンヤの烏め、何の用だ!」
 呼ばれた少女はようやく、構えたカメラをゆっくりと下ろした。体に不釣り合いなほど大きなカメラの向こうから覗かせたその表情にはまるで悪びれた様子もなく、
「あやややや。そんなこと私に言って良いんでしょうか? 運河探偵」
「良いもクソもあるか! お前のせいで交渉決裂じゃないか! くそぉ、何のために賞味期限切れを待ったんだか……」
「そんなにお金に窮しているなら、素直にネタを提供して下さいな。中身によっては額も弾みますよ」
「うるさい、売女め! 真に名探偵とは依頼人のプライバシィを順守するものよ!」
 先ほどから、ブンヤに烏に売女やらとヒドい呼ばれ様なこの少女、射命丸文という。文字通り烏の濡れ羽と言うに相応しい黒髪鮮やかな笑顔の似合う少女だが、それはひとえに新聞記者としての営業スマイルであり、またネタのためなら体も売るとは決して行き過ぎた誇大広告ではないというのは、もっぱらの噂である。
「義理堅い性格に足を取られてますねぇ……もっと開けっ広げにご自身の活躍を発表されれば仕事だって繁盛するのに……あ、その時にはどうぞ『文々。新聞』に御一報をば」
「え~い、毎度の事ながらしつこいやつめ! 開けっ広げにするのはお前の股ぐらだけだろうが」
「あやややや! 運河探偵のセクハラ発言キター!」
 またも始まるフラッシュの嵐に、ケチの運河もここは二発ほど実弾を消費せねばならんかなと、違う意味で冷静に銃を構えた……と、
「おっと、そうは問屋が卸しませんよ? これでも撃てますか~」
 自分の心臓に寸分の狂いなく向けられた銃口に目敏く気付いた文はカメラを放るや、後ろ手に何かを引っ掴み運河にそれを突き付けた。あざとく自分の心臓を守る様に突き出されたそれは……
「あっきゅん……!」
「しばらくぶりだね、名探偵」
 まるで悪さでもしでかした子猫のように襟首を文に引っ掴まれた少女……いや、幼女がブラブラと揺れながら呑気にも手を振っている。
「あっきゅん……何してるんだい? まさかそのブンヤに拉致されたとか……!」
「失礼な。この射命丸文、ネタの為には犯罪も厭いませんが、進んで手を染めることはありませんよ」
「黙れ、ブンヤ。稗田阿求と言えば幻想郷にも聞こえた銘家……大方、身代金狙いの衝動的な誘拐か? ふふん、だがこの火星運河に会ったが運の尽きさね」
「ちょっと待ちなさいって、運河ちゃん」
「安心したまえ、あっきゅん! 僕の射撃精度は百メートル先の茶柱をも打ち抜く!」
「……そのココロは?」
 半眼で尋ねる阿求に、外の世界でいうところのタカスタイルでデリンジャーを構え運河は答える。
「滅多に撃てる機会がない、かな。だがまぁ、案ずる事ぁないよ。僕のバイブルは『蘇る金狼』だからね」
 そう、運河は今時にしては珍しくカンフー映画を観た後は蛍光灯のヒモを相手にシャドウボクシングをしてしまうタイプなのだ。
「いやまぁ、貴女の類い稀なる妄想で培われた射撃センスは本当の事件で披露してちょーだい」
「本当の事件? あっきゅん、それって……」
 ようやく本来の意味での冷静さを取り戻した運河がデリンジャーを袖に引っ込める。
「そ、依頼があったの。久しぶりに名探偵・火星運河のお手並み拝見となりそうだよ」
 にっこりと微笑む阿求の後ろで、無数の烏たちが鳴き声を重ねた。
 それはまるで、これから起こる事件の緞帳を上げる開幕ベルのようであった。
 
二章
 
「しかしね、あっきゅん……」
 運河が渋々ながらに霖之助の言い値でカートンを購入してから、三人は人里の中にあるカフェへと場所を移していた。雑多であちこちでそれぞれの会話が花を咲かせる店内に、一部だけ不穏な空気が漂っている。言うまでもなく、運河たちが腰を下ろしたテーブルである。
「いくら急いでいたとは言ってもだよ。こんなブンヤを足に使うことはないんじゃないかな?」
 ジロリと横目で睨みを利かせながら、運河はカップを口へ運んだ。そしてその横でも、何食わぬ顔で同じように緑茶を啜る文の姿があった。
「何で? 幻想郷最速なんだし、ネタをちらつかせれば運賃タダだし」
「そりゃまぁ、そうかもしれないけれどね……どうするんだい、こいつは? 事件なんて言った日には梃子でも動かんよ」
 運河にしてみればイヤミの一つでも言わずにおれなかったのだが、当の文にしてみれば逆に褒め言葉にしか聞こえないのか、もしくは図太いだけなのか、「それほどでも」と、頭を掻く始末だ。気の治まらない運河がテーブルの下で足でも踏み付けてやろうと振り下ろしたそれを文は器用にひょいと避けながら、
「でもですね、運河探偵。阿求さんは私に今回の事件を内密にするつもりはないようですよ?」
「何? ……あっきゅん。僕ぁ、ブンヤの口からじゃどうも信用出来ないんだがね」
「文さんの言う通りだよ、運河ちゃん」
 さもありなんと答える阿求に運河は身を乗り出した。本気かい? とでも言いたげな運河を、忙しくパフェをほじくっていたスプーンでぴしりと制すると、
「皆まで言わないの、運河ちゃん。仕方ないよ、慧音さんは運河ちゃんが早期解決することを願ってるんだもん。その為なら後のことは厭わないって」
「うむ……慧音先生がそうおっしゃっているならやむなし、か……」
 心情では納得しきれないものを抱えながらも、運河は不承不承に頷いて見せた。そしてツンと切れ長な顎を撫でるのだ。
 日頃、真実を見抜く程度の能力に裏打ちされた不遜とも取れる態度で闊歩する彼女にも、頭の上がらぬ者の一人や二人はいる。一人はテーブルの向かいでパフェに汚れた口許を小さい舌でちろりと舐めている稗田阿求、そしてもう一人が今回、運河に事件の解決を求めた上白沢慧音その人であった。阿求の記した資料を元に人里で寺子屋を開いている慧音と運河の間柄は、かつての教師と生徒をそのまま運河が引き摺ったまま現在に至ると言っても過言ではないだろう。
とにかく頭が上がらないのだ。それは生徒としては決して教師の覚えが良いとは言えなかった運河が事あるごとに慧音の頭突きを食らっていた幼少体験が強く起因していると言えなくもないが、ともかく運河は自らにも引けを取らぬ慧音の明晰たる頭脳には一目置いていた。
「てな訳でして!」
 文は運河が頷くのを待っていましたとばかりに空いた湯飲みをテーブルに置くと、
「慧音さんの寺子屋から盗まれた書物の捜索には私も密着取材させて頂きますので悪しからず」
「ふん。お前を追っ払うのに無駄な弾は使いたくないからな。好きにするが良いさ」
 鼻息荒く吐き捨てると、運河はグイとカップを呷った。
「そうと決まれば話は早いね。慧音の寺子屋に向かおうか」
 随分と急いているな……残りのパフェを一気に掻き込み始めた阿求を眺めながら、運河はふと思った。そもそも今回の依頼には不明瞭な点が多い。依頼そのものは簡潔であり、慧音の寺子屋から盗まれた書物を捜してくれというもので、給仕がメニューを取りに来るまでには阿求の説明は終わってしまった。
 しかし、寺子屋から盗まれたという書物に関しての詳しい説明は一切為されなかった。例え阿求謹製の資料とは言え、寺子屋の教材として置かれていたものにそれほどの価値があるとも思えない運河であったが、そのことを彼女が口にする度、阿求は「とても大事な本だから」と言い切り、二言を許そうとはしなかった。
本来なら物捜しの依頼などには椅子を蹴るのが常である運河だが、慧音の依頼とあれば嫌とは言えない。それに、運河には思い当たる節がある。その昔……慧音の書斎に忍び込んだ時に盗み読んだあの書物……あれならば、彼女の目が視た真実のビジュアルとも齟齬がない。
 しかしまぁ、犯人を突き止めて品物を奪還せしめれば全て自ずと解けるだろうさ……運河はそう、自分を納得させることにした。要らぬ詮索は疑念を呼び、そして探偵の足を鈍らせるもの……追い掛ける謎は最大にして最低限が運河の探偵としてのスタイルだ。とにかく今は行動あるのみ……いや、待てよ。そこで運河は勇む心を踏み止どめると、
「おい、ブンヤ。どうせ付いて来るのなら籠屋の真似事の一つでもしてくれるんだろうな?」
「ようがす。もちろんですよ。この射命丸文、ネタの為なら何処までもお供しますとも」
 威勢の良い文の返事に運河は席を立つと行き先を告げた。
「寺子屋に向かうのは後でも良い。いや、別に行かなくても良いくらいだ。それより未踏の渓谷までやってくれ」
「未踏の渓谷? 別に良いですけど、なんでまたあんな所に……」
「河城にとりに用がある。この事件、デリンジャーのカスタマイズが必要だよ」
 両の袖に潜めたデリンジャーを掌に踊らせて、運河はニヤリと笑った。
 
三章
 
 稗田阿求が、非公式ながら火星運河の事件簿をしたためるようになり、つまりは彼女の助手役を買って出てからもう随分と経つが、その中で記してきた事件簿を紐解いても運河がデリンジャーのカスタマイズをしたという記述はない。
元々、ある程度の改造は施してあり、その小柄なボディにそぐわぬほど兇暴な牙を幾度となく覗かせている運河のデリンジャーにこれ以上、改良の余地があるかは大いに疑問の残るところであるが、彼女がもしもこの事件の重大性を、そしてそれに見合うだけの犯行者の影に気付いてのことだとすれば、阿求はやはりこの探偵は幻想郷一……ましてや自分が助手を務めるだけに値する存在であるなと、感心せざるを得なかった。
 とは言え、にとりの手の中で見る間にバラされていく拳銃を嬉嬉として眺める運河を見ていると、単に依頼をこなしたことで入る報酬を見越しての単なる趣味からなるカスタマイズである可能性も捨て切れないなぁと、阿求は腕組みをした。
「あの……阿求さん?」
 今までの経緯でも記録していたのか、文花帖に筆を走らせていた文が顔を上げた。
「なんですか、文さん?」
「連れて来ておいて何ですけど、こんなにのんびりしていて良いんですか?」
「ブンヤの心配することかな、それって?」
「そりゃ、私としては追い掛ける事件が大きいに越したことはありませんよ?」
「なら良いんじゃないの」
 話を切り上げようとする阿求に文は食い下がる。
「でも、ですよ。これはあくまでジャーナリストとしての感ですけど、この事件は結構やばいヤマなんじゃないですか?」
「名探偵は手を汚さないわ……」 
「は?」
 意図せぬ阿求の解答に文は首を傾げた。そんな彼女に阿求は、目の前の烏天狗でも、その向こうの名探偵でもない、どこか遠くを見つめたまま続けた。
「幻想郷には司法はないの。まぁ、立法も行政もないけど……考えてみれば、不思議な空間だね、ここは」
「……」
「そんな空間で、例え罪を暴き立てたとして、名探偵は余りにも無力だよね? そして、その暴いた罪が大きければ大きいほどに、名探偵は己が無力を知るの」
 遠くを見つめる阿求の瞳が何かを捉えた。虚空を見上げ、回想を脳裏に走らせた彼女が捉えたその記憶は、若き日の名探偵が舐めた辛酸たる敗北の記憶だ。
 あの日から、運河はそのスタイルを変えた。守るべきは守り、裁くべきは裁かれる時を待つ……シビアであるが、彼女にはもうそうするしかなかった。そう、
「文さん……たぶん明日の一面は殺人事件になりそうだよ」
「あやややや! そりゃまた随分と過激な……」
 いやいやと、阿求は心中で首を振った。もしこのまま何も手を打たなければ、もっと過激なことになるだろう。もはや新聞どころの騒ぎではなく、この幻想郷を揺るがすほどの大きな……だからこそ、阿求は名探偵を信じている。彼女の真実を見抜く目を。
「待たせたね、あっきゅん……」
 見ると、鼻歌交じりにデリンジャーを掌で舞わす運河が戻ってきた。河童の姿はもうない。今頃は運河が渡したペプシキューカンバーの箱を抱えて家路を急いでいるのだろう。
「もう時間潰しは良いの、運河ちゃん?」
「充分だろうね。乞食と犯罪者は事を急ぐものだ。焼き魚と仲間割れは彼らの十八番だよ」
 夕闇に照らされた銃身が鮮やかなクイックドロウを踊る。そして踊り終えた銃が再び、運河の袖へと身を潜めた。次にこの小銃が牙を向くのはいつになるだろう。だが、そう遠くはないはずだと阿求は思う。事件は、この名探偵に委ねられたその時から佳境を目掛けて疾走しているのだから……
「鉄鎚は、下されたのかな?」
「因果応報ともいうね。僕だって、何もただの物盗りにまで死刑は望まんよ」
 その言葉に、阿求は黙って頷いた。運河は片手を上げる。待たせていたタクシーに行き先を告げるためだ。
「おい、ブンヤ。そろそろお前の好きな事件現場に向かうぞ。行き先は、人間の里だ」
 
四章
 
 幻想郷には科学捜査など存在しない。
ステルススーツはあるが、科学的な見地に立った捜査というものは存在しないのだ。別に不思議なことではない。単に河童の興味を惹かないだけだ。
 だからこそ、火星運河は探偵であり、そして彼女は旧時代的な推理を振るうのだ。それは推理と呼ぶよりは飛躍的な連想と言うに相応しいのかもしれない。風が吹いた事で桶屋が儲るとすれば、その一連の事象に誰よりも早く頷くのは旧時代の名探偵であろう。
「慧音先生の寺子屋から大事な本が盗まれた……総てはここから連想する他ないのだよ」
 文々丸の仲間達の群れが垂らしたブランコの椅子に腰掛けたまま、運河はニヤリと笑って人差し指を立てて見せた。暮れかかった夕日を背に烏に吊られた運河はまるで、妖怪漫画の主人公さながらだ。ちなみに阿求は軽いので文が抱えて翔んでいる。
「本を盗む……ということは、本の価値とその存在を知っている必要とがある。第二に大事というからには、そうホイホイと人目に触れるような類いのものではないということも頭にいれておいてもらいたいね」
 取材相手にはこの上なく愛想の良い文はしきりに頷き、運河の推理に感心しきりですというポーズをアピールしている。阿求はそんな文のポーズの度にガクガクと揺らされて、少々顔色が優れない。乗り物酔いをしているのだ。
「そう考えれば、自ずと容疑者は絞られてこようさ」
「いやいや、それだけの材料で推理を組み立てるなど、たかがブンヤの私にはとてもとても……」
 阿求を提げてなければ、もれなく揉み手のオプションが付きそうな文に運河は嘆息しつつ、
「ふん。見え透いたお前の世辞などいらん……それより、あっきゅん大丈夫かい?」
「大丈夫だよ……まだ……」
 余り大丈夫とも思えない運河であったが、今は阿求の辛抱強さに期待する他なく、話を再開させた。
「大事な本は当然それなりの場所に保管されていよう。慧音先生の書斎なんか妥当なとこだろうね。そしてそんな場所に踏み込める人間は、古書店くらいなものだろうさ」
 人間の里に一軒だけ、軒を構える店がある。とは言え、幻想郷において平凡な人間が切り盛りをする店の本棚などたかが知れているが。
「じゃあ、古書店主が犯人ですか?」
 飛び付く文に、満更でもないといった顔で運河は指を振る。
「ちっちっち。甘いな、ブンヤ。それではいかんせん安直が過ぎる。仮に古書店主が犯人なら、真っ先に疑われるくらい馬鹿でも想像が付くさ。まぁ仮に、高飛びでもしたのなら追跡捜査も辞さんが、生憎と人間の里にある古書店がいきなり閉店セールを始めたなんて話は聞かん。また、古書店主が人を使って盗ませたという線も潰しておこう」
「何でですか?」
「簡単なことだ。幻想郷の古書店など、人に犯罪を委託出来るほど裕福ではないからな」
「人を動かすのはお金だけじゃないですよ~運河探偵」
 悪どい顔をして口の端をつり上げる文を運河は半眼で睨むと、
「まぁ、そうだな。ブンヤみたいに人の弱みを嗅ぎ回る趣味のある店主かもしれん」
「それは探偵もお互い様では?」
 明らかな挑発をいつもの調子で買ってやろうとも思ったが、運河もここは冷静さを持ち直した。いかんせん空中戦は部が悪い。目的地に着いたら小突いてやる、と。
「えー、黙れブンヤ。ともかくだ、どちらにせよ古書店主はシロだ。そんな苦労までして古書店主が慧音先生も無くして慌てるほどの稀少本を手に入れたとして、その後はどうするんだ?」
「そりゃ、売るんじゃないですか?」
「盗品をか?」
「あ……」
「まぁ、自分自身の蒐集品に加えたり、店頭に並べる以外の手段で捌くって線もあるがな……」
 口では挙げてみるものの、運河はその可能性には何パーセントも期待してはいなかった。能力だ、彼女に宿る真実を見抜く程度の力がそれをミスリードだと耳打ちするのだ。
「なら、古書店は無関係ですか?」
「いや、情報の出所であることには違いあるまい」
「ふむふむ。となると、怪しいのはお客ですね」
 敵ながら良い線をついて来る……などと、運河は口が裂けても言いはしない。別に、変な虚栄心が讃美を喉奥に押し止どめているのではない。単に妥当なだけだ。店主がシロなら、その次に客へ疑念を向けるのは常套過ぎる。
「だが、あの古書店は善くも悪くも普通の古書店だ。たまにこれはと思っても、抜き出してみれば慧音先生のお古なんてのはザラだ」
「だから、お客も普通だと?」
「来る客総てがそうだとは言わんさ。ただ、常連ともなれば店に釣り合う平凡な客だろうな」
 自分の欲しいものがない店にあしげ良く通う人間はいないだろう。
「じゃあ、犯人は一見さんで尚且つ店主がついうっかり口を滑らした話を耳にした……なんて、幸運を貼り合わせたようなやつだと? それじゃ捜し様がないですよ」
「結論に急ぐのはブンヤの悪い癖だな」
「あやややや。結論に腰を据え過ぎて犠牲者を増やす探偵よりはマシかと」
 またも罵倒の応酬かと思われたが、身構えていた文も肩透かしを食らうほど、運河は口だけで薄く笑い、
「ふん……そうさな。探偵の、何と無力なことか」
「運河ちゃん……」
 それまで黙りこくっていた阿求が弱々しくも声を上げる。まだ戻してはいない。
「大丈夫かい、あっきゅん?もう少しの辛抱だからね」
「ということは、犯人のお宅はここら辺で?」
 運河に促されるまま羽ばたいていた文が、下界をキョロキョロと見渡した。人里と言われ翔んでは来たものの、そこは中心部からは遥かに離れた小さな集落であった。古書店も通り過ぎている。
「幻想郷に住まう人間の誰もが、ここを快く思っている訳ではない……」
 運河は烏達に下降を指示する。徐々に大きくなっていくその集落は、近付いてみてもやはり辺鄙で寂れた印象に変わりはない。
「この集落はな、博麗大結界を消滅せんとする過激派の連中が集まった集落だ……ま、追いやられたと言った方が齟齬なしかね」
 言うなればテロリストの村みたいなものであるが、そんな物騒な連中がこうしてのうのうと暮らしていられるのも、ひとえに彼らが無害な存在の域を脱せられぬ無力さ故である。本当に結界を脅かすほど強大な力を持っていれば、こんな村落など八雲紫辺りがかき消しているだろう。
「ま、だからこそ慧音先生は焦ったのだろうね」
 内密に、だがチマチマと調べていれば、本当に結界を脅かしかねない事態へと発展する。しかし余りに手広く助けを求めれば、結界の代わりにこの村が消滅……などという惨事にも繋がり兼ねない。
 もしやすれば、と運河は思う。本を盗んだ犯人もまた同じことを考え行動を取ったのではあるまいか。そうすれば彼女の視た真実の断片とも無理なくピースを嵌め合わせられる。大手を振って盗みを働けば、幻想郷に掃いて捨てるほどいる実力者との衝突は避けられない。だから、この村落の人間を唆し……
「さぁ着いたぞ、ブンヤ。この村に犯人はいる」
 言うが早いか、運河は烏のブランコから飛び下りると地面を蹴って駆け出していた。
 
 
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プロフィール
HN:
福田 文庫(フクダ ブンコ)
年齢:
40
性別:
非公開
誕生日:
1984/06/25
職業:
契約社員
趣味:
コーヒー生豆を炒る
自己紹介:
 24歳、独身。人形のゴジラと二人暮し。契約社員で素人作家。どうしてもっと人の心を動かすものを俺は書けないんだろう。いつも悩んでいる……ただの筋少ファン。
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