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このブログは福田文庫の読書と創作と喫茶と煙草……その他諸々に満ちた仮初の輝かしい毎日を書きなぐったブログであります。一つ、お手柔らかにお願い致します……
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 夏であり、祭の季節である。
 週末ともなれば、この北の地にも花火の轟音が河川敷から鳴り響く季節がやってきた訳である。個人的には似合いもしない浴衣に袖を通し、明らかに営業届けを出していないオッサンの売り歩く法外な価格設定の缶ビールを呷りながら、花火見物という名目の乳繰り合いに興じる相手もいないので、単に麻痺した交通機関の犠牲となって地下鉄を三本も乗り損ねたに過ぎないのであるが、高校三年の夏の祭の思い出を拙文におこしてみた。例によって半分ノンフィクションのため、面白みという点では非常に心許ないが、ブログという性質を考えた時、元より自己満足の塊のようなものなのだから、時たま晒す拙文がミステリとして完成度が高いか低いかなど、些細な問題に過ぎないと開き直っての更新である。
 半分と言ってみたが、考えてみると八割がたノンフィクションであった。さすがにこの程度の一発ネタを会報に載せるには至らなかったが、高校時代の自分は間違いなく見栄っ張りな上に何かを期待したヒラの生徒会執行部員であった。どれくらい何かを期待していたかと言えば、放課後に一人で屋上に佇み、グラウンドでランニングに悲鳴を上げる運動部員を見下ろしながら見下していたという最低な行動に及んでいた。
 
「せ~んぱい!」
「……お子様はもうとっくに帰宅する時間だぞ?」
「ひど~い! せっかくお迎えに来て上げた後輩に言う台詞ですかぁ?」
「……ふん。迎えなんて、頼んだ覚えはないぞ。本当に早く帰れ。最近は物騒だからな」
「心配してくれるんですね?」
「……社交辞令だよ。誰にでも親切なのが俺の美点だからな」
「だったら家まで一緒に帰りましょうよ? もうすっかり暗いですし」
「……夜道で泣くほどお子様ではないだろう?」
「物騒な夜道をか弱い女の子ひとりで帰らせるつもりですか? 親切なせんぱい?」
「……ふん。帰れば良いんだろ? ほら、行くぞ」
 
 みたいな展開をにわかに期待していた自分が今となっては恐ろしい。大体、後輩なんて苗字さえ知らないのに、迎えに来る訳がない。そんな当たり前のことすらスルーして屋上の扉を用務員さんに施錠され、仕方なく非常階段から帰宅したことが本当にある。大変に気持ち悪い思い出は腐るほどあるが、今回はその中でも割合ソフトなものをチョイスしたつもりであるが、痛々しいことには変わりない。



 たまには休日を有意義に過ごそうと、わざわざ交通費をかけてまで大通りに足を伸ばした私――水車町を待っていたものは、街中に繰り出したからと言って特に行くところもなく、本屋を何軒か冷やかした後に結局ネットカフェの狭い個室に閉じこもってしまう現実と、窓際の個室から望むスクランブル交差点を行き交う人々くらいのものであった。
「こんなことなら、琴似にでも声をかけておけば良かった」
 実家から軽自動車にあるまじき速度で華麗に制限速度を無視しつつ大学に通っている学友の顔が思い浮かんだ。かと言って、彼とは特別仲が良いという訳ではない。確かにこの法定速度無視野郎とは同じサークルに所属する間柄であり、推理小説を愛するという共通の趣味を持つ数少ない人材ではある。しかしそれだけの理由で良ければ、やはり同じサークルに所属する麻生でも良いし、澄川女史でも一向に構わない。それなのにどうして琴似の顔が一番に脳裏を掠めたかと言えば、単純に彼がバイトもせずに年中暇そうにしているからだ。他の二人はそれぞれアルバイトに従事しているし、私も趣味と実益を兼ねて大学から程近い個人経営の喫茶店でお手伝いをしている。
「……でも、どうせ車で来るから街中で駐禁取られて逆恨み食うのがオチか」
 札幌の中心地から少し外れた郊外に住む琴似にとって、出掛けるとは即ち車のハンドルを握ることであり、同乗してもガソリン代のカンパを求めるようなセコい真似はしないのだが、呼び出せる場所には無料の駐車場が近隣にあるという制限がある。便利そうで、意外と役に立たない人材なのだ。
「金払ってまでネットするなんて、まるで馬鹿みたいだな……」
 これでは自宅で休日を怠惰に過ごすのと何ら変わらない。違いと言えば、パソコンの動作がそれこそ琴似の運転する車の如き速度で快適に動くということと、腰を下ろしているのがくたびれた座布団ではなく、革張りのリクライニングチェアという点くらいか。まぁネットカフェにあるリクライニングチェアだ。本皮など望める訳もなく、合成皮革の安物だ。しかし背もたれに背中を預けて腰を沈めるのが心地よいことには変わりない。本の立ち読みに昼食は立ち食い蕎麦と、足の疲労の開放感も相まって、自然と瞼が重くなって……
「……これは不味い」
 元来寝起きの悪いことに定評のある私がこんなところで寝てしまえば、目が覚める頃には給料日前の財布が空っぽになる危険性さえある。活字ばかりでこれまた夢の世界へ私を誘うテキストサイトを閉じると、窓の外に目をやった。やることがないのならさっさと退室してしまえば良いと思われるだろうが、貧乏性がたたって二時間のコース料金で前払いしているのだ。眠たいからと言って、今退室してしまっては損してしまう。そんな訳だから、あと一時間以上は精々ドリンクバーでセルフサービスの水っぽいジュースを飲んで過ごさなくてはならない。
「……とんだ休日になったなぁ」
 ぼやいても始まらないので、窓の外を眺める。曲りなりにも札幌の中心地だ。昼を過ぎてもそれなりの人通りはあるが、残された時間を短く感じさせてくれるような見世物はない。路肩に並んだタクシーに、客を捕まえられず気だるそうに煙草を吸っている運転手たち。機械的な動作でポケットティシュを配り続ける消費者金融の社員に、背広を腕にかけ額の汗をハンカチで拭いつつ先を急ぐサラリーマンの方々……どれも長時間の観賞に耐えうるものではない。
そろそろ、多少の損をしてでも帰宅した方が懸命な判断ではないのかと思い直し始めた頃にようやく、私はそれに気付いた。
「提灯……四番街まつりか」
 等間隔で歩道の端に並ぶ街灯。そしてそこに括り付けられた提灯に私は気付いた。本人としては読書好きが度を過ぎて悪化したと思っている私の視力では、提灯にプリントされた文字を正確に読み取ることは出来なかったが、それでも大体の想像でそれが四番街まつりを宣伝する提灯であることは分かった。勘亭流江戸文字の書体だからきっと祭だという浅はかな発想であるが、あながち間違いではない。祭のチラシも確か、蝦夷のくせに江戸文字だらけだった気がする。
 四番街まつりとはその名の通り、札幌中央区の四番街で開催される祭のことである。この期間中はその区間が歩行者天国となり、様々な出し物や露店が軒を連ねる。開催日は六月から七月の間というアバウトなところが北海道らしくて大いに結構と生粋の道産子である私は思うが、よくよく考えてみれば、遠路からこの祭に参加しようという人にとっては迷惑かもしれない。もっとも、大して北海道の特色を前面に押し出している訳でもないこの祭に、旅費をかけてまで参加する人間などそうそういそうもないからまぁ良いかと思い直す。よさこいでも踊れば良いんだろうが、私が知っている限りでは確か、踊りは踊りでも阿波踊りがその演目に上がっていた。何で阿波踊りなのか疑問に思ったので覚えている。その他にもチャリティーイベントやアマチュアプロレス、ボディビルダーのショーなど、四番街とは関係のないイベントが目白押しなのだ。全く以って意味が分からない……あ、意味が分からないと言えば、この四番街まつりにまつわる「意味が分からない」事件を一つ、私は経験している。事件と言ってもそんな大それたものではない。地方紙なんかに載る訳でもないし、人々の間で噂されることもない、単なる身内ネタではあるのだが……
「サークルの会報くらいには使える……かな」
 ちょうど会報に載せる小説の締め切りも近づいてきている。別に自分たちで自主的に製作して、ゲリラ的に配布し、その大半を自分たちで引き取るという不毛な冊子に載せる小説の締め切りなど、破ったところで何も困りはしないのだが、こうしたサークルのゴッコ遊びには、参加者の熱意というものが何よりもその遊びの面白さを左右するものなのだ。例え結果として、大学から排出される可燃ごみの量を僅かに底上げするしか意味がなかったとしても、サークル活動とは面白いものなのだ。
「あー……確か、高校の時だったよなぁ」
 咥えた煙草に火を点けると、曖昧な記憶だけを頼りにキーボードを叩いた。当たり障りのないプロローグを打っている内に、記憶が徐々にだが明るくなっていった。そうだ、あれは高校三年生の夏……日本の受験制度は間違っているなどと口だけは達者だった自分は、要するに受験勉強するのが嫌だという理由だけで推薦入学を選び、周囲が塾だ講習だと身を削る思いで毎日を過ごしている中、自分はやることもなく、本当に出席日数のためだけに学校に通っていた。
 そして、これまた内申を良くするためという不順極まりない動機で取り敢えず籍だけ置いていた生徒会執行部の定例会議に珍しく出席したある日、会議が終了してもダラダラと部室に残っていた私に、彼女が唐突に言ったのだった。
 
「ほえって何だと思う、水車町君?」
 一瞬、彼女が何を言っているのか自分には分からなかった。いや、一瞬どころか時計の秒針が一周してもまだ、自分には彼女の言葉が理解出来なかった。ついでに言えば、クラスが同じで共に生徒会執行部に所属しているという繋がりしかない自分に、彼女がいきなり話しかけてくる理由もまた定かではなかった。分からないことだらけなので、取り敢えずもう一度聞き返すことにした。
「え、今何て言ったの? 桑園さん」
「ほえ」
「ほえ?」
「そう、ほえ」
 桑園さんは分かりやすくゆっくりと繰り返してくれたが、少なくとも自分の知っている限りでは「ほえ」という名詞に心当たりはない。ホヤなら知っている。鮮度の良いものは美味しいらしいが、そんなもの北海道では滅多にお目にかかれないし、大体、ホヤが好きな高校生なんてそういるもんじゃない。ちなみ自分は嫌いだ。あんな外見をした生物を最初に食べようと思った奴は、失礼だが頭がどうかしているとしか思えない。多分ナマコを最初に食べた奴の親戚だと思う。
「……どう、水車町君? 何か思い当たることある?」
「え? あぁ……ほえ、ね」
 思考が道草を食っていただけの自分を見て、一生懸命頭を捻っていると好意的に解釈してくれていたらしい桑園さんが首を傾げる。理由は依然として分からないが、彼女は何故だか自分がその「ほえ」とやらの正体を知っていることに結構期待しているようだった。ただ、残念ながら私はその期待には応える術を持ち合わせてはいなかった。
しかし、「知らない」とあっさり認めるのは簡単だが、女子に少しでも良いところを見せたいという下心を抱くのは、男子高校生としては当然の心理である。無論、この私もその範疇には漏れず、仮にこれが男子生徒だったなら、若者特有である口の悪さも手伝って、「知らねーよ、馬鹿」と吐き捨てていただろうが、その相手がクラスでも恐らく五本の指には入るであろう容姿端麗な桑園さんならば話は別だ。どうにかそのヒントを探ろうと試みた。
「それって、生物か何か?」
「違うと思うよ。製作するものみたい」
 製作か。確かにまぁ、生命を製作するという行為自体は、この当時既に行われていたようには記憶している。ドリーだか何とかといったクローン羊が話題になったのが、確かこの時だった……気がするのだが正確には覚えていない。それに製作と言うのは少しニュアンスが違う気もする。
「と言うか、桑園さん。その単語、何で見たの?」
「チラシ。ほら、四番街まつりってあるじゃない?」
「あぁ、大通りでやるやつね」
「そう。あそこである出し物みたいなんだけど」
 祭か。残念ながら自分は祭というものには疎かった。それはこの当時も、そして大学生になった今も変わらない。何故なら、大半の祭参加者はお客さん側の人間であり、その中でも子供連れか恋人同士がその大半を占めているからだ。そして、言うまでもなく当時高校生であった自分は所帯など持っている訳がない。これ以上は言わないが、つまりそういうことだ。
「祭で製作するものかぁ……」
「そうそう」
「型抜きの一種……」
「え、そうなの?」
「いや、ごめん。祭で製作するって言ったら型抜きしか思いつかなくて……」
「でも懐かしいね、型抜き。あたし、あれ得意なんだよ」
 大体、縁日などの露店で何かを客に製作させることを生業とした店などあっただろうか。自分で言っておいて何だが、型抜きなんて製作と呼ぶにはおこがましいものがある。確かに難易度は高い。自慢じゃないが、私は露店のオッサンが「簡単だよ」と言って出してくる傘でさえ型抜き出来た試しがない。あんなに柄が細いのにどこが簡単だとクレームを入れてやりたくなるが、あの程度で製作なら、日本全国のお父さんは子供が夏休みに課される自由製作であんなに苦労することもないだろう。思い出せば自分も父親には苦労をかけた。出来もしない本棚作りなど言い出さなければ良かったなぁ……いや、ちょっと待て。
「ねぇ、桑園さん」
「なに?」
「四番街まつりって、いつやるんだっけ?」
「えっとね、夏休み。夏休み入ってからだよ。えーとね、七月の二十八日と二十九日の二日間」
「そっか……やっぱり夏休みなんだ」
「やっぱりその方がいっぱいお客さん来るからじゃない?」
 そうだ。その通りである。夏休み期間中に開催すれば、祭に足を運ぼうと思う人間は多いだろう。そして、前述したようにそのお客さんの大半を占めているのは……
「桑園さん、その四番街まつりのチラシって今持ってる?」
「あ、ごめん。チラシは今ないんだよね。あたしもチラッと見ただけだから」
 それは残念だ。現物を見ないことには確かめようがない。と言うか、これは現物をチラッとではなくしっかりと見さえすれば、「ほえ」の正体などすぐ分かってしまうだろうが……
「誰か、チラシもってないかな?」
 定例会議が終わってからもう随分と経っていた。私は帰宅部の人ごみを避けるためにここで時間つぶしに本を読んでいたが、大半の連中はさっさと帰宅したようで、私たちを除けば一年生が三人しかいなかった。その中で、外見だけで推薦するなら書記が適任と思える眼鏡をかけた女子が、
「水車町先輩、そのチラシならスーパーで配ってましたよ」
「スーパーって、あそこ? バス停の横にある?」
 そうですよ、と眼鏡の女子が頷く。
 ここで言うスーパーとは、高校から歩いて二十分はかかる場所に建てられた大型のスーパーである。高校自体が郊外にあるので、その近隣にあるスーパーもまた郊外向けのかなり大きなものだった。本来なら、高校のすぐ近くに学生専用バスのバス停があり、そちらでバスに乗ればすぐにでも家に帰れるのだが、店内に多くのテナントを抱え込んでいるスーパーで道草を食うこともしばしばであった私は、この日もヤキソバ屋に寄り道してから帰ろうと考えていた。あの、具が紅ショウガ以外にはモヤシしか入っていないシンプルな味わいに惚れ込み、通い続けること三年目……今ではちょっとした中毒である。
「そのスーパーなら、今日も寄ろうと思ってたから丁度いいや。確認してみるよ、桑園さん」
「え、じゃあ『ほえ』が何か分かったの?」
「分かったと言うか、多分合ってると思うけど、大したオチではないよ? だからあんまり期待しないでおいてね」
 そもそも彼女から言い出したことなのだ。別にその結果が面白くなかったからと言って、自分に責任の所在などない。だが、せっかく頑張って考えたのに、あからさまにガッカリされるも辛い。なので、一応前置きだけはすると、私は手提げ鞄に読みかけの小説を放り込んで席を立った。ところが、
「待って、水車町君。あたしも一緒に行くよ」
「え……?」
「直接見たほうが分かりやすいんじゃないの?」
「まぁ、そうかもしれないけど……」
「じゃあ決まりね。よし、行こう」
 私の話もそこそこに、桑園さんはどこか軽やかな足取りでさっさと部室を出て行ってしまった。そんなに浮かれて先を急いでも、事の顛末が面白くなる訳ではないのだが……オチに予想の付いている私は、少し気が引けながらも彼女の後を追って部室を後にした。背中越しにさっきの眼鏡さんが「頑張って下さいね」とか何とか言っていたが、何をどう頑張れというのだろうか。私には、『ほえ』なんかよりも、そちらの方がよっぽど不思議でならなかった。
 
 
「え、これで終わりかよ?」
「うんまぁ。そこら辺まで書いたところで、丁度コース料金の時間が終わりそうだったんで」
 後日、私はあの不毛な休日の果てに思い出し書き起こした昔話を琴似に読んでもらった。ウチのサークルでは、会報の編集やら印刷を一手に担っているのが琴似なのだ。ちなみに私は発起人ということもあり、お情けで部長をやっている。みんな一応、部長とは呼んでくれるが、そこにあるのは敬称というよりは単なる愛称の意味合いが強い。どうであれ、曲がりなりにも部長である私も、この下読みの時だけは琴似に頭が上がらなくなる。自分では創作はやらず、もっぱら批評とコラムに終始しているこの男だが、作品を見る目だけは確かである。そんな琴似は、読み終えた原稿用紙を私に投げてよこすと一言、
「面白くない。けど時間ないからこれで良いわ」
 とストレートな批評をのたまった。いや、もはや批評ではない。だが、オチが詰まらないのは確かだし、自分で考えたトリックでも何でもなく、青春の一ページを紐解いただけだったので、そんなに腹は立たなかった。もしこれが本人的には渾身の出来だと自負して書き上げた密室モノだったりしたら……冗談抜きで殴り合いの喧嘩に発展していただろう。ともあれ、
「これで今月号もどうにか滞りなく印刷出来るな」
「まぁ、滞りそうだったのは部長のせいだけどな」
「うるさいなぁ……間に合ったんだから良いだろうが」
 原稿が通ってしまえばこっちのものだ。私は組んでいた足を放り出すと、冷めかけたコーヒーを啜った。サークルとは名ばかりで、部室を持たない同好会に過ぎない我々が話し合うのは、もっぱら大学の近くにあるこの<飯亭しゃもじ>であった。今日も例外ではなく、店の奥にある奥座敷に居座って定食も頼まずにドリンクバーで頑張っている。
「それにしてもひどいオチだな。……なぁこれ、本当なのか?」
「本当の話だからこそ、こうして恥を忍びつつも文章にすることが出来たんだ。自分で考えた創作のオチだったら、耐え難いね」
 どちらにせよ、もしこの『ほえ』の話を書かなければ、これといったネタが思いついていなかった私は締め切りを守れなかっただろうから、威張れる立場にはない。まぁ、勝てば官軍だ。ところが、官軍気取りの私に琴似は渋い顔で待ったをかける。
「いや、俺が言いたいのはオチが本当か創作かってことじゃない。この桑園さんって子が、本気でこんな勘違いをしたのかってことだよ」
「はぁ?」
「いやだってお前、考えても見ろよ。江戸文字で書かれた字は読みにくいぞ? だからといって、木工をホエと読み間違えると思うか?」
 そう。何のことはない。四番街まつりのチラシには、参加する露店や出し物などが江戸文字で書かれていたのだ。これ自体、何ら不思議ではなかった。そして、その中の一つに『ほえ』はあったのだ。正確に記すなら、フォントが江戸文字の『木工製作』である。夏休みの小学生をターゲットにした自由製作のお手伝いイベントか何かだろう。気になって、ネットカフェの帰りにチラシを見てみたら、今年もまだ『ほえ』はあった。
「しかし、琴似。現に彼女は間違って読んで疑問に思ったから、俺に訊いてきたんだろ?」
「それも解せんな。どうしてお前に訊くんだよ? お前は四番街まつりの実行委員か何かか?」
 言うまでもなく違う。そう言えばどうして自分に訊いて来たかは、今もってよく分からない。あの当時から私は本格ミステリに傾倒してはいたが、今のように自分で創作したり、その手の部活に所属したりはしていなかった。だから桑園さんが、自分に推理力を期待して話しかけてきたということはないだろう。
「それにな」
「何だよ、まだ文句あるのか……」
「文句じゃない、ただの疑問だ。良いか? 彼女がもし仮に本気で見間違えたとすれば、チラシは本当にチラッとしか見てないことになるよな? それにしては日程は正確に覚えている」
 前にも書いたが、四番街まつりは日程が正確には決まっていない。その年毎に違ってくるのだ。だから去年も祭に行ったからというのは反論にはならない。手詰まりの私に、琴似は更に続ける。
「俺が疑問に思った点はまだあるぞ? それはこの眼鏡の一年生だ。お前はチラシを持ってないか? と訊いただけなのに、この一年生はそれが四番街まつりのチラシであることが然も当然であるように答えた」
「俺の声が大きかったんじゃないのか?」
「それにしたって盗み聞きなんて趣味が悪いし、相手は一応は先輩だぞ? 四番街まつりのチラシですよね? と、一言添えてもおかしくはない。いや、そっちの方が普通じゃないか?」
「普通ってのは、ここで決めることじゃないだろ?」
 どちらが普通と思うかは、人それぞれの価値観だ。私はその時、自分がどれくらいの声で喋っていたかなんて覚えてはいないし、今から琴似の言う、一言を添える方が普通か否かの統計を取るつもりも全くない。そもそも、こうして琴似にあれこれと言われるまでは、疑問にすら思ったことがなかった……というのは、少しだけ嘘だ。しかしである。
「なぁ、琴似。現実の世界じゃあ、何でもかんでも理詰めで物事が動いてる訳じゃないだろ? ちょっとくらい不自然な言動があったからって気にするようなことじゃない」
「……そういうことをミステリ研究会の部長が言うか?」
「たまには言うんだよ」
「あーそうかい」
「そうだよ」
 この手の論戦は、どちらかがやる気を失くしてしまえばそれまでだ。これ以上の話を私が放棄したことで、琴似も匙を投げた。ただ、どこか面白くなさそうな顔のままボソリと、最後に呟いた。
「眼鏡が言うように頑張ってれば、お前は自分で言うところの祭の参加者になれたんじゃないのかねぇ……」
「たらればは好きじゃないね」
 煙草を咥えて火を点けようとするが、点かない。これは喫煙者にとっては格別の苛立ちである。焦れる私に琴似は火を差し出しながら、
「だったら、こんなに正確に書かなくても良いだろう?」
「内容なんて、合ってないような話だぞ? 少しでも尺を稼がなきゃならんかったんだよ」
「その割には、解決編に当たるところの桑園さんとのデートシーンは全カットかよ?」
 相変わらず会話のねちっこさには定評のある琴似だ。嫌なところを掘り下げてくる。正しく煙に巻きたい心境で紫煙を吐き出しつつ、
「デートじゃないだろ? スーパーで道草食っただけだ」
 口にしながら、当時の自分は何度この言葉を自らに言い聞かせただろうかと思う。自分から何かをすることも無いくせに、誰よりもプライドだけは高かった高校時代。ドラマや流行歌が崇める運命の出会いを鼻で笑いながら、来るはずもない何かを期待していた三年の夏。自分には出来ないという羨望を抱きながら、女子の手を握ることに必死な皆を嘲っていた自分にとって、この時の思い出は事の外、痛々しい。
「とにかくだ」
 煙草を灰皿に押し付けると、私は机の端にある伝票を掴んで立ち上がった。そろそろ出ないと流石に店員の視線にも耐えられそうにない。
「今更、推敲するつもりはないぞ。その話はそれで終わりだ。それ以上、何もないんだから」
 言うと、腰を上がる気配を見せない琴似を無視して、私は会計に向かった。
取り敢えずは琴似の分も払ってやろうと、財布の小銭を探った……伝票を受け取り、レジを打つ女性店員の横顔に桑園さんの面影を見て、一応ネームプレートを横目で確認してしまう私は、高校の頃からさしたる進歩もしていないのだろうと思いつつ。
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コメント
無題
いくつか、読ませて頂きました。評論と比べると小説はまったりとした切り口でしたが、面白かったですよ。ただもう少し話を長くして、話全体にアップダウンがあったらもっと食いついて読めた気がしますね。

何か、上から目線ですいません。今後もまた読みに来ます。期待してます。
【2009/07/31 23:40】 NAME[狸親父] WEBLINK[] EDIT[]
無題
 狸親父様、コメントありがとうございます。
 どうも最近は読む本がどれも個人的に気に食わないものが多く、口汚く罵ることが多かったと反省しております。その内に面白い本を読み、評論も小説同様にゆるくぬるいものにしたいと思います。
【2009/08/01 21:17】 NAME[南皆] WEBLINK[] EDIT[]


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プロフィール
HN:
福田 文庫(フクダ ブンコ)
年齢:
40
性別:
非公開
誕生日:
1984/06/25
職業:
契約社員
趣味:
コーヒー生豆を炒る
自己紹介:
 24歳、独身。人形のゴジラと二人暮し。契約社員で素人作家。どうしてもっと人の心を動かすものを俺は書けないんだろう。いつも悩んでいる……ただの筋少ファン。
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