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skj.jpg題名/『秋期限定栗きんとん事件』(上・下)
著者名/米澤 穂信
出版社/東京創元社
個人的評価/85点

内容/
ぼくは思わず苦笑する。去年の夏休みに別れたというのに、何だかまた、小佐内さんと向き合っているような気がする。ぼくと小佐内さんの間にあるのが、極上の甘いものをのせた皿か、連続放火事件かという違いはあるけれど…ほんの少しずつ、しかし確実にエスカレートしてゆく連続放火事件に対し、ついに小鳩君は本格的に推理を巡らし始める。小鳩君と小佐内さんの再会はいつ―。(下巻より)
要約/
 小鳩君と小山内さんのコンビに対する前作からの期待をも凌駕するほどの事件ではない推理パートと、これまた個人的には若干の不満を残す二人のそれから。
 不満ばかりが先行するが、ミッシングリンクのミステリに対するアンチ的な展開と上巻に挿入された二つの日常派事件はなかなか素晴らしい。


「小市民シリーズ」の最新刊である。
米澤氏のシリーズものには、この作品の他に省エネ主義者の折木奉太郎を主役に据えた「古典部シリーズ」があるが、個人的には後者のシリーズの方が好きである。ともあれ、どちらのシリーズも刊行されたものは一応全部読んでいるし、この最新刊にも大きな期待を寄せていたのは事実だ。そして読み終わった結論として、過度の期待を凌駕するほどの完成度ではなかったというものである。
 
 勿論、断っている様に今回の最新刊にシリーズものとして過度の期待があったことは間違いない。というのも、このシリーズでは主人公で小市民を目指している小鳩君、そしてヒロインで小鳩君と同じく小市民を目指す小山内さんの二人が、相互の目的のために、小鳩君の言葉を借りるなら互恵関係を持っていた(要するに仮面カップルみたいなものだ)のだが、前作の「夏季限定トロピカルパフェ事件」のラストで、その互恵関係を解消してしまったのだ。シリーズものでコンビが解消されて「つづく」となれば、読者の期待は自然に高まるというものだ。これが私のいうところの過度な期待である。言わば、ミステリとしての期待ではなく、青春部分に関する期待であったのだ。そしてこの期待は、少なくとも上巻では損なわれることはなかった。正確に言えば、下巻に結論を任せて襷を繋いだので、余計に期待度のハードルが上がったといったところなのだが。
 では、上巻では如何にしてこの青春部分の期待を盛り上げたのか。互恵関係を解消した二人に、それぞれすぐ恋人が出来たのである。小鳩君にはいかにも今の高校生らしい中丸さん、小山内さんには新聞部の部員として、そして高校生としての名声を求める野心家の瓜野という一年生が、それぞれ登場する。特にこの瓜野は一人称で描かれる本シリーズにおいて、準主役に近い役割をたまわっている。コンビの修復どころか新たな恋人の登場で、元々互恵関係で繋がっていた二人は全く出会わない。一体いつになれば二人は再会を果たすのか? そしてコンビはどうなるのか? と言ったところで下巻なのだ。つづきものとしては上々の展開に思えるが、それにしても二人の再会が下巻のクライマックスまでないというのは引っ張り過ぎの感は否めなかった。そして、引っ張った割には、結末はファンとしては安堵のため息が出る一方で、ありがちだと辛辣な言葉もまた口をついて出てしまう。
 
 では上巻におけるミステリ部分の内容はどうかとなると、こちらは大した期待もないまま、下巻へと繋がっていく。今回の事件は連続放火事件である。小鳩君たちの住む木良市で起こるこの放火事件を瓜野が追うのだが、この連続放火事件の共通項は、上巻で早くも瓜野が発表してしまう。つまり肝はここではないのでネタバレしてしまうと、木良市の防災計画の分署リストの逆から火を点けているというものである。この時点で賢明な読者はちょっと待てと思うのかもしれない。瓜野はお兄さんが消防士らしいのでこれに気付いたそうだが、それにしたって防災計画なんてマイナーな資料のそれも逆順と言う点に如何なる意味があるのかと。もっと言えば、この時点で読者がこの共通点に気付ける要素はほとんどない。例えば消防車を見て瓜野が何かを思うシーンはあるが、あれだけでは厳しかろう。つまり、良識あるミステリ作家であれば、肝はここにないのである。フェアでもないものが事件のメイン部分な訳がないのだ。
 では、メイン部分とは一体何か。まぁ、犯人の正体なんであろうが、これもまたそんなに興味を惹かなかったし、また驚愕の展開も用意されてはいなかった。まぁ少なくとも、瓜野が二重人格で自分で火を点けては記事にしているという最低のオチではないので、未読の方は安心して欲しい。
 作品中では、小山内さんが暗躍するシーンがあるので、途中までは小鳩君も彼女が連続放火犯ではないのかと疑っていたし、恐らく作品の見所も一つにこれがあるんだろうが、事件そのものの魅力をも補いきれるほどではなかった。思うに、こうした連続性のある通り魔的犯行における共通項やミッシングリンクを取り扱った事件において、犯人特定というのは前者に比べて魅力がないのだ。要は、事件の共通性や法則性を発見するという作業が終わった時点で犯人はどうでも良いのである。従来的に言っても、探偵か何かが、
「そうか。犯人は市内の地名でしりとりをしてるんだ! 今回狙われたのが平岸だから次の現場は白石だ!」
 とか言って、警察に言うなり、自分らでパトロールするなりで犯人捕まりました、めでたし! というのが普通なのだ。精々プラスして、更に事件発生時刻とか何かから、犯人の個人情報を導き出して、更に捕まえやすくするくらいがあればもうそれで十分。犯人がどんな奴で、いかなる動機なのかなんて、エピローグに説明書きしてくれればそれで良いと思ってる。
 これまでの事件本筋における感想の大半は個人的にこうしたタイプの事件が嫌いだからの一言に尽きるのだが、それは得てして私の思うところのミステリの美しさに反する作品が多いからである。ミステリの不可解さとは推理することで道理の通るものとして本性を表すものだと私は考えているので、愉快犯的な犯行だとその美しさが損なわれるのだ。犯人が何らかのルールで犯行を犯すとして、その共通点自体には大した意味が無いものが多すぎるのだ。現場を結んでいくと綺麗な八角形になっているとか、被害者が干支に関係するものを持っていて十二支順に襲うとか防災計画を逆から狙うとか……
 そういった点で、本書の連続放火事件は多少の捻りはある。つまり、そうした意味のない共通点で起きる事件が蔓延るミステリの世界においてのアンチである。従来的なミステリであれば、瓜野という新聞部は十分に探偵役を務めた。意味の分からない共通点にこれだ!と疑いなく決め付けて、そこから犯人を消防署の関係者か何かだと考えて逮捕に奔走する。そこに小鳩君の登場だ。分署リストの逆順だなんてと苦笑する。この世間に蔓延するミッシングリンクのどうでも良さに対するアンチの展開。この点は非常に素晴らしかったのだ。ただ、その先に待っていた犯人の正体まではアンチではなく無難なものに落ち着いてしまったが。
 まぁ、こうしたアンチの作品も世間にはあるだろうが、ミスリードに奔走して恥をかくという行為に高校生の痛い青春と重ねて書く。しかもヒロイン役の新しい恋人にそれをやらせるという点が、米澤作品的で良い。
 
 総括としては、やはりこの作品はシリーズものであり、前作であれだけファンの関心を集めた以上は、やはり二人の関係の修復に対する期待を上回る魅力的な謎と言うのはそうそう無かったということだ。
 そしてここで、「古典部シリーズ」の方が好きだと述べた冒頭の記述に話は前後ずるのだが、その理由は本書を読んでよく分かった。この「小市民シリーズ」も「古典部シリーズ」も、高校生を主人公に据えて、ミステリと青春を無理なく、むしろ魅力的に組み合わせたシリーズであるということは今更否定しようが無い。ただ、どうしても「小市民シリーズ」の二人の方が「古典部シリーズ」の四人よりも幼く思えてしまうのだ。刊行されている作品を読む以上は小鳩君たちの方が学年が一つ上だが、読みようによっては小鳩君たちは中学三年でも良い様な気がしてくる。
 この差はどこから来るのだろうかと考えた時に、変化という二文字が浮かんだ。これはあくまで『秋期限定栗きんとん事件』の書評だから、詳しい言及はしないが、「古典部シリーズ」は、今までの最新刊のラストにおいて、主人公の折木と千反田が人間的成長を垣間見せるのだ。折木は自らの主義に掲げてきた省エネというものを徐々にだが、改め始めた。それは極端な取捨択一ではなく、彼自身と同時に彼の理念も少し成長したのだろう。そしてそのきっかけは千反田がもたらしたものだ。一方の千反田も、普段の好奇心旺盛な面とは違った部分を折木だけにそっと覗かせる。衰退したとは言え、未だ続く過去からの習慣と家に縛られながらも前向きに生きようとする、シリーズ第一作『氷菓』から人間的な成長を見せた結果が窺える。
 だが、小鳩君と小山内さんにはそれがまだ足りない。完結してないから良いじゃないかと言えばそれまでだが、順当にいけば次巻が「冬季限定」で最後になってしまうのに、二人は別れと再会を以ってしても未だ大きく成長しようとはしない。お互い違う恋人を見つけ、互恵関係ではない小市民的な平凡な恋をすることで、更なるステップに望もうとはしたが、結局はお互いに破局の原因を作ったのは自らの慢心である。小鳩君はスリリングな駆け引きもなければ、物事に対する考察力も薄いごく普通の仲丸さんに物足りなさを覚え、その気持ちを「糠に釘」と言った。一方の小山内さんも、「恋とはどんなものかしら」なんて思って年下の告白を受け入れ、「行動が気持ちを育てると思った」と考え、彼女なりに行動するが、最終的には彼女にとって許し難い行為を取った瓜野君に対して持ち前の能力を遺憾なく発揮して彼の自尊心と行き過ぎた慢心を木っ端微塵にして復讐を完遂する。そしてその結果、「この子、他愛ないなって」と笑ってみせる。
 元々、二人は小市民になどはなれなかった。それ自体は作中でもお互い認める節の発言はしている。頭が良い訳ではないが、丸っきりの馬鹿でもない。確かにそれは間違いない。ただ、お互いにそのことを認めるに至った経緯において、彼らは挫折しようとはしない。小山内さんは、「誰かがわたしの自意識を砕いて潰してくれるのを待っていたのに」と言い、小鳩君はどんなに知恵を絞っても「あ、そうなんだ」で済ます仲丸さんと付き合っていくことで「虚栄心はいずれ疲労して磨耗して、ついには消えてしまったかもしれない」と言いながらも、結局は連続放火事件の推理に意識が向いていった。
 そもそも、まるっきり馬鹿ではないと分かっていて、また確かにその通り賢い二人が、小市民的なものに憧れて受け入れた相手である。馬鹿相手にそれぞれ行動して勝って、やっぱり馬鹿は相手にしてられないやという結論に至ったと要約するのは乱暴かもしれないが、そうした向きもあるのは間違いない。
 小山内さんに限っては、もはや手の施しようはない。元々、この作品は小鳩君の一人称で綴られる話だから内面の吐露が多い分、彼に関してはまだ救いようがあるが、小山内さんは最後まで自分の内面をさらけ出す真似はしなかった。お互い、挫折を経験するべきであった。例えば能力的には無理があるが、瓜野君の事件に対する挫折は小鳩君がするべきであったと思う。全く同じことを言う訳ではないが、それこそ彼の持つ虚栄心を養う推理において挫折を経験するべきだろう。仲丸さんとのデートで、彼女がトマトを嫌いだと言う推理をあっさり否定された描写はあるが、あれでは足りないだろう。人より少しばかり賢い程度では、結局は彼らと大差ない結果しかないということは二人とも少しは感じたであろう描写もあるが、どうにも決定的なものが欠けている。だが二人がそれを経験しない内にコンビは復活し、作品は終わる。
 次回作には果たして、彼らにとっての大きな挫折が存在するのだろうか。この点によって、シリーズ全体の評価は大きく変わっていくだろうと考えている。ともあれ、青春とミステリの融合を書かせれば現在のミステリ文壇において米澤氏を越える作者がそうもいる訳ではないという認識は損なわれないクオリティは作品単体でも維持している。
 最後に。上巻で提示される、満員バスでの推理と仲丸さんのお兄さんのアパートで起きた事件に関しては非常に楽しめた。これは短編でも使えたんじゃないかと思う。
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コメント
無題
ある眼鏡屋の知り合い石狩鮭です。以後お見知りおき頂ければ幸いです。
飯亭読みました。面白かったです。謎も好きな感じで設定も良く、何本も読みたい感じですね。澄川女史はいいですね。彼女中心でもかなり書けそうな気がせんえつながら思いました。
【2009/08/13 22:34】 NAME[石狩鮭] WEBLINK[] EDIT[]
無題
石狩さん、コメントありがとうございます。
眼鏡屋から話は伺っております。是非石狩さんもブログかHPで発表の場を作ると良いと思いますよ。私自身、石狩さんの作品を読ませて頂きたいですしね。
ありがとうございます。最近は米澤穂信氏や西澤保彦氏の影響で日常派に手を染めてます。設定などは昔の拙作で変な設定にしてよく眼鏡屋になじられたので、少し大人しくしてみました。
でも女性の登場人物は難しいです。フィクションながら、「こんな女性いるか……?」といつも心配してます。
それでは、これからもよろしくお願い致します。
【2009/08/14 01:28】 NAME[南皆] WEBLINK[] EDIT[]
無題
ご無沙汰です。いきなり不躾ですが、南皆さんの連絡先を眼鏡屋から聞いてもよろしいでしょうか?
【2009/09/21 14:58】 NAME[石狩鮭] WEBLINK[] EDIT[]


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1984/06/25
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 24歳、独身。人形のゴジラと二人暮し。契約社員で素人作家。どうしてもっと人の心を動かすものを俺は書けないんだろう。いつも悩んでいる……ただの筋少ファン。
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